鬼束ちひろ。

”鬼束ちひろ”について、初めて書きます。

もちろん、以前から知っていました。

存在も歌も。

実は、佐賀3daysを終えて、福岡に向かう高速で、車のサイドミラーに映り込む〜佐賀の夕暮れに一瞬、目がいったその時、ラジオから「月光」が流れてきました。実に久しぶりに聴く、鬼束ちひろの歌でした。

名前を耳にするのも久しぶりで、記憶を手繰らせた程でした。「月光」は以前より、僕の心と脳を強烈に刺激してきました。

その日の深夜にネットクルージングしながら、鬼束ちひろを探ってみると……

デビュー当初の面影をこっぱ微塵に搔き消した、一時期のあの暗黒時代?(苦笑)は、まさに狂気と奇行、迷いと不安、強さと弱さ、逞しさと脆さ、孤独と孤高、そして…自己の破壊と破滅の狭間を危うく彷徨うかのような制御不能さまで垣間見えました。

特に、20代前半のドキュメンタリーと、ニコ生で見たその対を成すかのようなあまりの変貌ぶりのギャップも衝撃でした。

裸足で歌う理由や腕に刻んだタトゥーの真意、歌の合間にガブ飲みするコーラや、七変化するファッションセンス、時に意外な、ガンズ&ローゼスというキーワードを発したり、この手のアーティストが嫌うであろう、プライベートやファンとの近い距離感を赤裸々に明かす自然体の素行。挙げ句の果てにはDV事件にまで巻き込まれ……

僕はむしろ、著名人の大半が商業路線や仕立てられた虚像のイメージで生き苦しくも歩を進める中、それらを真っ向拒絶するように払拭しながら、凌駕しているかと思えた程の鬼束ちひろ像に、心の鼓動が高まったほどでした。

更に、”歌詞が重たい女性シンガー”(笑)ランキングで、当然の〜女王・中島みゆきに次いで、名誉な?第2位(^^)

月光で歌われる、”私は神の子””この腐敗した世界に堕とされた〜”なんて、自らを書き歌えるアーティストがどれ位、このカオスな荒んだ今の日本にいるでしょうか?

もちろん、中島みゆきには未来永劫、誰しもが辿り着けない境地と功績があるのは言うまでもありませんが、このランキングは興味深いです。僕的に、鬼束ちひろの評価が増した事案であります。

最近、久々のツアー(LIVE)で、地方を回ってたりしたんですね。残念!もう少し早くこのタイミングに気付いていれば、絶対に観ていたと思います。しかし、以前より会場キャパも小さくなってて、会場によってはチケットも売り切れてないようですので、やや人気は下降気味かもしれませんが、ナチュラルなヴィジュアルに戻って?、”復活”と言われるように、才能と歌唱力は健在だと思いますので、まだまだ良い意味で爆発的存在感を知らしめてほしいと思います。

鬼束ちひろの代表曲は「月光」で間違いないですが、恍惚の名曲、佳曲の数々も聴き逃せません。

「嵐ヶ丘」「BACK DOOR」「流星群」「私とワルツを」「眩暈」「Cage」「帰り路をなくして」「陽炎」「青い鳥」「蛍」などなど。。。

こうして聴く、鬼束ちひろには……女王女帝・中島みゆきや、文豪・中原中也のような文学的詩観に、ポップスやロックらの多種多様なテイストを変幻自在に織り成しながら、圧倒的オーラを放つ様は、燦々と照り付ける太陽ではなく、まさに沈み出す陽をもって暗がりから差す一筋の月光そのものです。

しかし、中島みゆき同様、鬼束ちひろを”暗い”や”重い”なんて陳腐な薄っぺらい表現や価値観でしか捉えられない人とは僕は迎合できませんし、それらを偏見上等で軽々と超越する彼女達の存在意義であります。

我を通して生きにくい時代に、我を通し続けて生きてほしいし、歌い続けてほしい。

中島みゆきとは違う、魔性の歌唄い。

今だからこそ興味深い、まだこれからが楽しみな、終わらない〜鬼束ちひろです。

◼︎追伸:全くイメージと違う鬼束ちひろをいつしか、我が〜BBQ王のイメージキャラクター起用かコラボ出来ないかなんて、他愛もない事を思い出す僕の性分があったりします(笑)。あの暗黒時代にオファーしていたら、すんなり決まってた可能性もあります?。僕は狙いを定めたら沸々とエネルギーが増大しますから(^^)

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